jいを頂く、という保の気もちとなっているところが伸子に苦しかった。辛辣にならないまでも、保は保の年齢の青年らしく、家庭においての自分の立場、自分の受けている愛情について、つっこんで考えないのだろうか。あんなに問題をもっているはずの保が、和一郎と妹のつや子の間にはさまって、団欒《だんらん》という枠のうちに話題までおさめて書いている態度が、伸子にもどかしかった。どうして保は、もっと勝手にさばさばと、たよりをよこさないのだろう。そう思って考えてみると、伸子がモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来てから保は二度たよりをよこしたが、二度ともみんなとの寄せ書きばかりだった。
 ――ふと、伸子は、あり得ないようなことを推測した。多計代は、もしかしたら保が伸子に手紙をかくことを何かのかたちで抑えているのではないだろうか。姉さんに手紙を出すなら、わたしに一度みせてからにおし。対手が保であれば、多計代のそういう命令が守られる可能もある。伸子が動坂の家へ遊びに行って、保と二人きりですこしゆっくり話しこんでさえ多計代は、その話の内容を保から話させずにいられないほど、自分の所謂《いわゆる》|情熱の子《パッショネート・チャイルド》から伸子をへだてようとして来た。多計代と保の家庭教師である越智との感情が尋常のものでなくなって、その曖昧で熱っぽい雰囲気にとって伸子の存在が目ざわりなものとなってから、多計代のその態度は、つよく目立った。越智とのいきさつは、日没の空にあらわれた雲の色どりのように急に褪せて消えたが、伸子の影響から保を切りはなそうとする多計代の意志は、それとともに消滅しなかった。保や和一郎のことについて伸子が批評がましくいうと、多計代は、わたしには自分の子を、自分の思うように育てる権利があるんだよ。黙っていておくれ。――まるで、伸子は、子の一人でないかのように伸子に立ち向った。保を伸子から遠のけておくのは母の権利だと考えているのだった。それを思うと、伸子の眼の中に激しい抵抗の焔がもえた。多計代に母の権利があるというならば、姉である自分には、人間の権利がある。責任もある。保は人間らしい外気のなかにつれ出されなければならないのだ――。
 伸子は膝の上からつくろいものをどけて、ちゃんと長椅子にかけなおした。そして日本からもって来ている半ペラの原稿用紙をテーブルの上においた。
「みなさ
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