ノみられていた、ということは。――でも、
「わたしに出来ることがあるのかしら」
 心配そうに、伸子はいくらか声をおとした。伸子のような者がその仕くみのなかに参加するにしては、山上元という名につながるすべての機構が、あんまり巨大であり、権威にみたされている。
「いくらだってすることはあるさ」
 山上元は、ふたたびテーブルの下へ、ずっと両脚をのばした姿勢で、こんどは真正面から、動顛した伸子の、上気して、ほてっている顔を見つめた。
「何も心配することは、ありゃしない。こっちにいて、いくらでも日本の小説を書けばいいんだ。外国の作家でも、こっちにいて小説をかいているのは珍しくも何ともないよ」
 ベラ・イレッシュは亡命してモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]に来ているハンガリーの小説家だった。彼の写真と作品が小説新聞《ロマン・ガゼータ》の特輯として発行されているのを伸子も買った。イレッシュは亡命して[#「亡命して」に傍点]来ている小説家だった。イレッシュは小説だけを書いていた人ではなかった。故国のハンガリーで革命のために活動して、その結果、その収穫をもって、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来た。自分は、日本でどういう風に生活していただろう。
 伸子は、山上元が、何かの思いちがいをしているならばわるいと思った。彼が、伸子について何かを知っているとすれば、それがむしろ不思議だと云えるくらいだった。伸子は日本のプロレタリア文学運動にさえ無関係だったのだから。
「本国で、何かちゃんと活動して来たのなら、こっちで、小説をかいても役に立つかもしれないけれども――御存知だと思うんですが、わたしは、そうじゃないんです」
「そりゃよくわかっているさ。しかし、きみぐらいの技術と経験があれば、何もここにいたからって、日本の小説が書けないと、きまったものでもないだろう。僕を見なさい。僕は、もう二十年日本をはなれているよ。しかし、日本の現実について、ちゃんとわかることができるし、情勢の判断も出来ている。――」
「そりゃ、報告をもっていらっしゃるから」
 伸子は思わず高い声を出した。
「もちろん、そうさ。報告によって書くんだが、小説だって大してちがいはしない」
 はげしい動揺と混乱の間で、山上元のこの言葉は、伸子に自分というものが、立つ、小さな場所を与えた。山上には、文学の作品がどん
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