塔vの押されている紙きれを出して部屋の交渉をしている。組合の用事で地方よりモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ派遣されて来る人々のための室だった。
 三人の用がすむのを待って、伸子は事務室の木の長椅子から立って行った。
 事務員は、伸子を見た。そして、だまって頭をふり、目の前に開いてある室割りの大帳簿の上で右の手のひらをひろげて見せた。御覧のとおりという、しぐさであった。満員だというのは、ほんとうに室そのものがいっぱいなのだ。八分どおりまでそのことが明瞭になった。伸子は、むしろ陽気になった。
「じゃ《ヌー》、いいです《ハラショー》。こわがらないで下さい。あした来ましょう」
 伸子は、日課にしてパッサージへ通った。五ヵ年計画は首府であるモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]とソヴェト同盟各地方の活動とを一層緊密にした。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]への用事をもった旅行者が急にふえている。
「これが、わたしたちへの五ヵ年計画だったっていうわけね」
 大国営農場ギガントの広大な美しい写真を眺めたり、富農からの没収品目を新聞でよんで、五ヵ年計画の奮闘に触れているように感じていた自分たち――少くとも自分というものを、伸子は段々自分の責任において批評し、滑稽を感じて笑えるようになって来た。
「|わたしたちの課題なんだわ《ナーシャ・ザダーチャ》」
 引越さなければならなくなったことは、外国人一般としてわたしたちの課題だと伸子は考えはじめた。その課題を、自分たちとしてどんな風に解き、どういう答えをそこから引き出すか。伸子が、近づいて来る国境の森の入り口を眺めながら心に抱きしめて感じた思いの、真実の力をためされる機会の一つだと考えるようになった。問題は、素子がおこっていうように、伸子たちが個々の生活でソヴェトに対して害のある何をした、というところにあるのではなかった。帝国主義のやりかたを、ソヴェトの社会はどうみているか、その必然を、伸子たちがどの程度理解するか、そこに、伸子たちの課題のときかたがあるわけであった。素子が感じているように、ソヴェトの役に立つ外国人か、そうでない外国人か、という目安からだけひとが計られるとすれば、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]は遂に卑屈な外国人、ひそかなたくらみをもっているために外見は共産党員になっているかもしれ
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