セった。そして、この論文に示されているのは、まさに、一つの画期的な決意であった。ソヴェト社会の確保と建設のために一層はっきりとした方向にそのハンドルがしっかり握られたことを告げる。――
ロンドンで行われる軍縮[#「軍縮」に傍点]会議は、とことんのところではソヴェト同盟の存在をめぐっての軍備拡充のうちあわせのようなものだったから、ソヴェトの人々が自身の社会を護るために、その社会を内部から崩壊させようとしている階級を、とりのける決意をしたことは当然だった。
雪につつまれた厳冬《マローズ》のモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]が新しい雪の匂いよりもっと新鮮できつい雪の匂いをかいだように感じたのは、スターリンの論文がもっている理論の明確さのせいばかりではなかった。論文を支えている階級的な決意の動かしがたさが、その身はもとより富農ではなく、日々モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の工場や経営で働いているすべての人々にまでなまなましく迫って自分を調べなおさずにいられないこころもちにさせた。そのころ、誰かが誰かと会って「|読みましたか《チターリ》?」ときけば、それは「赤い星」の論文のことであった。
伸子がパリにいた間に、素子はオリガ・ペトローヴァという、語学上の相談あいてになってくれる女友達を見出した。素子は一週に一度、数時間ずつ彼女の部屋で過すのだった。オリガの住んでいるのはモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の町はずれに近いところで、まだ五ヵ年計画の都市計画がそこまではのびて来ない昔風な大きな菩提樹のかげの門の中だった。古びたロシア風の丸木造りで小さい家の下には誰も住んでいず、二階に、三十をいくつか出ている年ごろのオリガが石油コンロ一つ、ブリキのやかん[#「やかん」に傍点]一つという世帯道具で暮していた。食事は、つとめ先の組合食堂ですますのだった。
素子の勉強がすんだころ、散歩がてらに伸子もそこへ行くことがあった。
オリガの故郷は、ミンスク附近のどこかの村だった。田舎には母親と弟妹たちがいるらしくて、弟の四つばかりになる息子を、オリガは「|私の英雄《モイ・ゲロイ》」とよんで、可愛がっているのだった。ソヴェトでは、まだ珍しいその甥のスナップ写真が伸子たちに見せられた。
「あなたがたに、ほんとうのロシアの田舎というものを見せてあげたい!」
長年
前へ
次へ
全873ページ中730ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング