髑f子の腕を、ブラウスごとつかんではげしくゆすぶるように、伸子の心は素子をせめつけた。これまでの手紙で、一度でも伸子に早く帰れと云ってよこしたことがあったろうか。佐々のうちのものがモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]経由でシベリア鉄道にのりかえ、日本への帰途についたとき、素子がよこした手紙に、伸子のパリ滞在についての素子の意見は示されていなかった。同時に、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]への土産に伸子がおくったこまごました土産袋についても、素子はひとこともふれなかった。ことづかって行ったつや子から、果して素子がその袋をうけとったのかどうか。それが気に入ったのか、いらなかったのか。土産ぶくろが黙殺されていることで、伸子は自分がパリにのこったことについて素子の不賛成を感じとったのだった。
 伸子は、あてこすりで自分の行動が支配されるのをこのまなかった。年を重ねた素子との生活のうちに、そういう場合がなかったからではなく、反対に、伸子はいまは自分の卑屈さとして、そういう場合をうけ入れすぎていたと思いかえしているのだった。伸子は妻というもののそういう立場に堪えがたくて佃と離婚した、それと同じような素子からの暗黙の制約を素子が女だからということでうけいれるというのは、おかしなことだった。
 いま、こんな手紙をかく素子が、それならロンドンから、どうしてあんなにあっさり伸子をのこして立って行ってしまったろう。はた[#「はた」に傍点]と思いあたるという、その字のとおりに思いあたって、伸子は息のとまるような気がした。あのとき、ロンドンには佐々の一行がみんないた。その家族的な環境を伸子の安全保障のように素子は考えたのだ。だから、親たちがパリにいた間は、伸子がパリにいることも、素子を不安にすることではなかったのだ。
 ――伸子は、ゆっくりと、だが決定的な手つきで素子からのその手紙をひきさきはじめた。五年くらした二人の生活ではじめて、こうして素子からの手紙をやぶいている自分を意識し、そして、これは素子との生活における新しい何ごとかであるということを意識しながら。

 暗く燃え乾いた眼を、煖炉の燠《おき》に据えている伸子の指は、やがて、自働的に動きだし、大きく二つに裂かれたままになっていた素子の手紙を、更にほそいたて[#「たて」に傍点]にさき、またそれを、もっとこまかいきれ
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