「るわけだった。
「お葬式の日は、こんども雨でした。子供さんの葬式の日、雨はふっていたけれども、あれは若葉にそそぐ初夏のどこか明るい雨でした。さきおとといの雨は、つめたかった。もうパリの十月の時雨でね、ペイラシェーズの濡れた舗道にはマロニエの落葉がはりついていました。須美子さん、看護婦に抱かれている小さいあの白い蝶々のような赤ちゃん、そのほかわたしを入れて八九人の人のいるがらんとした礼拝堂のパイプ・オルガンは、こんどは恭介さんのために、鎮魂の歌を奏しました。正面扉についている小さいのぞき窓のガラスは、再びルビーのように燃え立ちました。パイプ・オルガンが、ゆたかな響を溢らして鳴りはじめたとき、わたしは、隣りにかけている須美子さんの美しい黒服の体が、看護婦に抱かれている子供のそばからも離れ、もちろん、わたしたち少数の参会者の群からも離れて、恭介さんとぴったり抱きあいながら、徐々に徐々に翔《と》び去って行ったのを感じました。わたしにそれがわかるようでした。それから、須美子さんがのこった妻として、また悲しい雑事のなかに覚醒することを余儀なくされて、そのとき、それがどんなに彼女にとってむずかしいことだったかも。須美子さんは、でも、ほんとに立派に、苦しいこれらの瞬間をとおりました。
『骨の町』の柱廊のはじへ雨がふきこんで、あすこは濡れていました。子供のお骨のしまってあるとなりの仕切りに、恭介さんのお骨がしまわれて、その鍵が、須美子さんの手のなかにおかれたとき、わたしの脚がふるえました。一人の若い女が、外国で、こういう鍵を二つ持たなければならないということは、何たることでしょう。
須美子さんはたいへん独特よ。この不幸を充実した悲しみそのもので耐えている姿は、高貴に近い感じです。あのひとには、何てしずかな勁《つよ》い力があるのでしょう。わたしの方が、まごついたり、当惑したり、よっぽどじたばた[#「じたばた」に傍点]です。きのうデュトへ行ったら、須美子さんは、わたくし帰ることにきめました、と、いつものあの声で云いました。須美子さんが日本へ帰るということは、片方の腕に生きている赤ちゃんを抱き、もう一つの腕に二つの御骨をもってかえるということなのよ。
この四日間ばかり、あなたがパリにいたらと思ったのは、わたしだけではなかったろうと思います。わたしのように役に立たないものでも、須美子さ
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