nへ行く必要のあろう道理はない、と思えるのだった。
「わたしにおききになるのは、見当ちがいです。わたしなんか、ヴィザもヴィザ、大したヴィザで、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へは行ったんですから――藤堂駿平の紹介で……」
「それはそうでしょうが、ともかく一年以上モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]にいられたんだから、その間には自然いろんな関係が、わかられたはずだと思うんです」
あいての顔を正視しないで長椅子の上に前かがみになり、心に悩みをもってでもいるらしい青年の姿態で、しつこくいう千種の上に、伸子の視線がきつくすわった。いまの伸子にパリで会っていて、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へは藤堂駿平の紹介で行ったのだったときけば、むしろ、そうだったんですか、と下げている頭も上げて、何となくびっくりした眼で伸子を見なおすのがあたりまえのような話だった。少くとも、伸子自身は、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ行こうとしていたころの自分と、現在の自分との間にそれだけの距離を自覚しているのだった。ところが、千種とよばれるこの青年は、そういう点については、さものみこんでいるというように無反応で、それはそうでしょうが、一年以上も云々と話をすすめて行く、その調子は、伸子に本能的な反撥を感じさせはじめた。
「一年以上モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]に居りますとね、あなたの考えていらっしゃるのとは正反対のことがわかって来るんです。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]に合法的にいる日本人と、非合法に行っている人たちの間には、橋がないってことが、はっきりわかるんです。ちっともロマンティックなことなんかありません――わたしは、ぴんからきりまでの合法的旅行者なんですもの」
「――」
千種とよばれる青年は、しばらくだまって何かじりじりしているように、また髪を荒っぽく指ですいた。
「あなたの書いたものは、よんでいるんです。あなたが、ソヴェトに対してどういうこころもちをもっていられるかってことは、僕にはわかっているつもりです」
「それはそうでしょうと思うわ。わたしは、ソヴェトを評価しているんですもの。一人でもよけいにソヴェトについて、偏見のない現実をしるべきだ、と信じているんですもの。でも、わたしがそういう心もちでいるから、何か特別の
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