「て、蜂谷良作は、
「どうせ出るんなら、モンソーでも歩きませんか。あすこは秋のいい公園なんだ。去年もつた[#「つた」に傍点]が赤くなりはじめた時分、なかなかよかったですよ」
ペレールへ戻るのも気のすすまない様子らしかった。伸子は蜂谷とつれだってホテルを出かけ、ペレールへ行くとは反対のブルヴァールを横切って、モンソー公園へはいって行った。
セイヌ河のむこうにあるリュクサンブールの公園が、大学やラテン・クォーターに近くて、広い公園の隅々まですべての人のために開放されて、詩趣がただよっているのにくらべると、モンソー公園は、そこへ来る人々は身なりもきまっているというような、細工のこまかい庭園の味だった。優雅でメランコリックな情趣をつくり出す樹木の配置。岩の置きかた。その美しさは、どの部分をとっても、そのままでオペラの背景になる美しさだった。伸子は、その美しさを人工的すぎると感じた。
「僕のいるところがあんまりあけっぱなしの田舎だもんだから、たまにこんなところを歩くと、気がかわる」
蜂谷は、晴れた秋日和を気もちよさそうに、帽子をぬいだまま歩いた。
「ロンドンは、どうでした」
「三百万人もの失業者って、ただごとじゃないのねえ。鈴なりだったことよ」
「鈴なりって――」
「英蘭銀行のちかくに、セント・ポールって大教会があってね。そこの日曜礼拝の合唱が有名なんです。それをきこうと思って出かけたらね、ローマかどこかにあるセント・ポールをまねしてその通りにこしらえてあるっていう正面の大階段の左右に、びっしり失業者だか浮浪者だかがつまっているんです。幾十段あるのか、堂々と見上げるような大階段の一段ごとに、すき間なく三人ぐらいずつ並んで、下から頂上まで、びっしりなの。朝日がよくさしていてね。そのまんなかのところを、白手袋はめてバイブルをもった人たちが、行儀よく、わきめもふらないで登ったり下りたりしているの。ああいう光景って何て云ったらいいんだろう――ロンドンにしきゃないわ」
いつも労働力が不足していて、ポーランドやチェッコから男女の労働者をフランスへ移住させ、それがあまって来ると、その労働者たちを、国へ追いかえしているフランスでは見ることのできない凄じい街の表情であった。
「そんなところで、何しているんだろう?」
「ただそうしているんじゃないのかしら」
セント・ポールのその大階段で
前へ
次へ
全873ページ中560ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング