ウでかん[#「かん」に傍点]を働かしている多計代の感受性について考えた。
七
街々のマロニエの緑の色をこころよく甦らせて夕立があがった日の午後五時すぎ、伸子はペレールの両親のアパルトマンを訪ねた。うすぐらい入口のドアの前にたってベルをおした。しばらく答えがなくて、もう一度鳴らした。ドアをあけたのは、通い女中のマダム・ルセールではなくて、はれぼったい顔色をしたつや子だった。
「ああお姉さま!」
つや子は体ごとすりつくようにして、伸子の手をひっぱった。
「来て……」
つや子のその様子は普通でないのに、アパルトマンは、しんとしていた。
「どうしたの」
伸子は、さては母が病気になったかと思った。
「誰か病気なの?」
「ううん、ちがう」
もしゃもしゃになっているおかっぱの頭をふって、つや子は、とり乱したようにひどい力で伸子を、まっすぐ客間へひっぱって行った。露台に向って一杯に窓がひらかれている、雨のあとの爽やかな空気が流れている客間の長椅子の上に脚をのばして、多計代がいた。ななめよこから夕暮の外光をうけている多計代の顔色のわるさ。それは蒼さをとおりこして青っぽく黄色かった。長椅子の前の小テーブルに飲料水エビアンの瓶とコップとがおかれていて、わきに多計代の持薬である宝丹の紙袋が出ている。
「ほら、やっぱり、どっかお悪いんだわ」
伸子は、足早に母のそばへよって行った。
「どうなすって? 電話下さればよかったのに」
多計代は、むしろ精神的に、力も何もぬけはてた様子で、伸子の方へ手をさしだした。大粒のダイアモンドの指環のはまった多計代の右手は、伸子の手のなかでかすかに震え、表面が冷えきっているようでしんが熱っぽかった。
「ね、ほんとにどうなすったの? どっかが苦しいの?」
「苦しいのなんのって――伸ちゃん」
多計代は、すっかりかすれてしまった声で、やっとききとれるぐらいに云った。
「きょうというきょうは、もうすこしで、わたしも殺されるところだったよ」
多計代は、そう云いおわって、息がつまって来るのに抵抗するような咳ばらいをした。
まじりけない不安にはりつめられていた伸子の表情のかげに、多計代の言葉の誇張を疑う色が動いた。
「殺されるなんて――」
だれに? どうして? あり得ないことだ、と伸子は思った。伸子は訊くように、わきに立っているつや子を
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