チている。音楽がきこえて来る。夜空の下に、パリ名物の細い煙突が無数に林立している屋根屋根が続き、はるか遠くセイヌ河の対岸でエッフェル塔のイルミネーションが、パリ祭の夜をとおして明滅している。イルミネーションは、シトロエン6、シトロエン6。それからシトロエン6・6・6とせわしくまたたいて、シトロエン自動車の最新型6シリンダーの広告をしている。
 統一労働総同盟《シー・ジー・ティー・ユー》は、こんやの革命記念祭のためにパリの労働者地区のどこかで、午後は演説会を、夜は盛大な祝祭を催しているはずだった。「リュマニテ」のひと隅に、伸子はそれらしい広告を見た。伸子たちのパリには、七月十四日の夜じゅうピエロ帽をかぶって、コンフェッティをぶつけあってナイト・クラブをひっぱりまわす人もいないかわり、東部《ルエスト》のそういう組合の祝祭や演説会へ案内してくれる人もいない。
 革命というものの実体は忘られて、庶民風な男女の無礼講、おおっぴらな歓楽の夜としてのパリ祭を、伸子と素子とは街の上にもホテルの内にも発見しているのだった。
 午前一時すぎの涼しい露台に坐って、伸子と素子とはかすかな疲れを感じ、一種の寂しさを感じ、その為に互に相手を優しく思いあいながら沈黙していた。歓楽の雰囲気があんまりおおっぴらで、横溢的なので、さすがの素子もその撩乱ぶりに圧倒されたようだった。おはこの花柳界じみた皮肉やわるじゃれをひとことも云わず、むしろ、おとなしくまじめになっている。そういうときの素子を、伸子は好きだと思った。皮膚に興奮したつややかさを漂わせながら、ひきしまっている素子の顔つきもよかった。
 小一時間も二人が露台にいるうちに、あちこちに響いていた音楽の数はいつか減って、今は一番近所のどこかの街角で奏されているヴァイオリンとピアノばかりが祭の夜の最後の一曲を、という風に張った調子できこえて来る。
「寝ようか」
 素子が露台から立った。
「ぶこちゃんもねるだろう?」
「ねるわ」
「…………」
 何かためらっている風だった素子が、露台と室との境のところで、伸子の手をとった。
「じゃ、おやすみ、ね」
 素子のその声には、思わず伸子を素子の方へつき動かす調子があった。伸子は、素子をかたく抱きしめて、自分の頬を素子の頬におしつけた。よろけかけてやっとふみとどまった素子の背中の骨の、いかにも細くかよわく彎曲した
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