った。
「――こりゃあ、とじ糸ですがね」
母親は国風に、こまかく青い綴糸を表に出して夜着のようにどてらを縫ってよこしたのであった。重吉は、
「八十銭にならないかい」
と云った。
「無理ですねえ」
「けちくさいこと云わずに勉強しとけ、勉強しとけ」
比較的まとまって、親父の遺品だという金時計などを出し入れしている光井が口を出した。
「君達、儲かりすぎて困ってるんじゃあないか」
「御冗談でしょう」
七十銭の銀貨をズボンのポケットへばらに入れて、二人は入って来た方とは反対の出入口から外へ出た。
魚屋が店じまいで、ゴムの大前掛に絣のパッチの若い者たちがシッ、シッとかけ声でホースの水をかけては板の間をこすっている。狭い歩道へ遠慮なく流れ出しているその臭い水をよけて歩きながら、光井は、
「コーヒー代ぐらいなら俺んところにあるよ」と云った。
「うん。――まあいいさ」
夜になったばかりで人影の少くない大通をいいかげん行って重吉たちは、それでも防火扉を表におろしている小さな銀行の角を入った。その横通りも店つづきであった。陰気な乾物屋とお仕立処という看板をかけた格子づくりの家との間を入って行くと、
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