かった。積極的な学生は謂わばめいめいが一生懸命になってたぐりよせた一筋二筋の糸につかまって進んで行っているのであったし、学生に対する全体としての方策については、それ自体が一足ずつ爪先さぐりに方向を見出しつつあった。一方では、どちらかというと素朴な形で、労働者でなければ人間でないように云われる風潮もあり、多くの若ものたちは未練なく学校をすてて、他の活動へ入って行っているのであった。
 重吉は複雑な歴史の波を重厚に凌ごうとするように幅のある肩をうごかし、
「君の心持はわかると思うよ」
 明るい外光の中で睫毛のこまやかさのはっきりわかる眼を、真直はる子の視線に向けて云った。
「その考えもわるくはないかも知れないが、もうすこし待って見ないか? いろいろ考えられているからね。学内もたしか変るよ」
「そうかしら」
「ここ一二ヵ月じゃないか」
「そう?」
 傍で黙って聴いている宏子には、勿論、何がどうかわろうとしているのか推察も出来ないことであった。はる子も、それ以上説明を求めようともしない。重吉が自然木の腰かけから立ち上ってのびをしながら、そこに並んでかけている宏子とはる子のどっちへともつかず、
「まあ悠々とやるんだね」
 そう云って、信じるところありげな眼の中に輝く笑を浮べた。
「一生のことだろう? いそがずといいさ。必要なら、どういう仕事でもやるという確信で、今の場所で最善をつくしていればいい。そうだろう?」
 云いながら、重吉は自分の胸に迫って来る感動を覚えた。彼自身への未来は果してどのように展開されて来るであろう。彼が、高校時代から自身の才能についても活動についても、期するところあって自重している。その精華はいつどのような形で、新しい歴史の裡に活きるであろうか。それは彼の前にもまだ示されていない。
「すこし歩こうか」
 三人は、それぞれの感動でしばらく黙って、かたい芽のふくらみ出した樹の間から、青空の見える小道を歩いて行った。ぽつぽつ話し出して、重吉が、
「この頃、みんなどんな本よんでいるかい」
ときいた。
「多喜二のものやなんかよむかい?」
「読んでいるけど、感想きくと、大抵素敵だと思うって云う程度なんです」
「『母』なんかもよますといいな。シャポアロフの自伝の中に、労働者がゴーリキイのあの小説をどんな心持で愛読したかということが大変よくかかれているよ」
 インテリゲ
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