を守った当然な気持からであった。だんだん来るうちに、その気持にあやが加って、はる子は、歩きながら思わずくすくす笑い出した。
「なによ!」
 慍《おこ》ったような調子で自分は笑いもせず宏子ははる子をとがめるが、はる子が何を笑っているのかはよくわかった。はる子とこういう工合に連立って出て来たのは宏子にとって全く初めての経験であった。一生懸命さが、ベレーをかぶった丸い顔にかくすことが出来ずに輝やいているのである。
 公園の広い門から入って、図書館のわきへ来かかると、右手の小道からサンデー毎日を片手にもった青年が出て来た。平らな、力のこもったゆっくりした歩調で来かかって、行きすぎるのかと思ったら、
「やア」
 余り高くない声でそう云って、ちょっとソフトのふちへ手をかけた。
「しばらく」
 はる子も今は真面目な顔つきで挨拶した。そのまま、砂利の敷かれた小道へ曲って暫く行って、はる子が、
「これ――宏子さん」
と紹介した。
「太田さんての」
 こういう人に会うことを予期していなかった宏子は、黙ってはる子のそばを歩きながら軽く頭を下げた。
「すこしゆっくりしてもいいのかい」
「いいんです」
 小道の幅が三人歩くに窮屈であったばかりの理由でなく、二人は宏子より少し先を行って、事務的に何か話しつつ歩いた。
 暖い色の藁で霜よけをされた芭蕉があるきりのまだ淋しい花壇に添うた陽だまりのベンチの一つで、中年の男がインバネスの袖を肩へはね上げてかがみこみ、別に灰がたまっているのでもないのに、頻りと機械的に人さし指をうごかして巻煙草の灰をはたいている。わきに、頸のまわりに薄水色の絹をまきつけて、大きな七三に結った女が、両手を懐手にしていた。女はその前を通りがかった三人を無遠慮に眺めながら、音を立てて齲歯《むしば》をすった。おくれ咲きの白梅の花が見える東屋のところで彼等は腰をおろした。小さい広場がゆるやかな傾斜のむこうにあって、こっちからは遠い方の端れで、三四人、印バンテンがきのうの風で吹倒された樹を起す作業をやっている。
 太田と紹介された青年は、帽子をぬいで、はる子に親しげな飾りない調子で、
「きょうは暖いね」
と云い、そのままのごく自然な口調で、
「この間の報告はなかなかよく書けていたね」
 宏子に向って云った。
「ああいうもの、はじめて書いたんですか」
 教師の三田が辞職させられたについ
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