合にだけ生じた。
 だから、同志小林多喜二ぐらい理論活動の重要さを知っていたひとも少ないであろう。同志小林はまことに共産主義作家にふさわしい真面目な精神で、正しい実践は正しい革命的理論なしに行われないことを知っていた。
 日本プロレタリア作家同盟の書記長、コップ中央協議員等という忙しい仕事を熱心に果しながら、寸暇をおしんで作品をつくった。
 同志小林が書記長に選出された頃、どんなことをしても一日に二枚は小説を書いているのだと話した。

 去年四月、文化団体に敵の暴圧が下された時から、同志小林多喜二は非合法生活に入った。それから僅か十一ヵ月目に、彼の輝かしい生涯は英雄的殉難によって閉されたのだが、最近における同志小林の理論家、指導者としての成長は実に目ざましいものがあった。
 最近彼が行った右翼日和見主義との闘争は、同志小林がどんなに正しくレーニン主義的党派性というものを理解し、同志蔵原の実践を発展させているかということを示す、ねうち高いものである。

 三月号『改造』に同志小林は「地区の人々」という小説を発表している。
 この小説は、革命的伝統をもった北海道の労働者街(地区)の人々が、再び「戦争と革命の時期」である今日、抑圧から立ち直ってプロレタリアートの組織をつくることを書いたものである。
 宮島新三郎というブルジョア文学の批評家は、この「地区の人々」を批評して、概念的に書かれたもので大していい作品でない、小林氏ほどの才能のある作家がこのような作品を書くようにし、白テロの犠牲とした作家同盟は考えるべきであるというようなことを書いている。

「地区の人々」は、たしかに終りに行けば行くほど説明的になり、小説としての丸彫にした描写は欠けている。同志小林の、完成された傑作ではない。そのことは明らかであるが、我々はこの「地区の人々」がその作品としての未完成において、これまでの同志小林のどの作品にもなかった、真の規模の大きさと、主題の中にはまり込んで書いている腰の据りとを感じ、ここに新しい発展の段階と次の傑作への道が示されていたのを認めずには居れないのである。[#地付き]〔一九三三年三月〕



底本:「宮本百合子全集 第十巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年12月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第八巻
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