かを明かにしようとしたものであった。
要するに、同志小林に関するこれまでの評価はひとしく尊敬をもってなされているとはいえ、そのあるものに若干の誤謬、不正確な認識などがふくまれていることも否めない事実である。
この際、同志小林多喜二の業績の評価に当って基準となるべき諸点を概括し、それによって、誤謬を含む見解を正すとともに、評価を統一することは、わが「コップ」中央協議会の責務の一つであると信じる。プロレタリア文化・文学運動の今後の正しい発展は、栄誉ある前衛、同志小林の業績のまじめな評価とその成果のボルシェヴィキ的摂取なしには全くあり得ないからである。
同志小林多喜二が、日本においてたぐいまれな国際的規模をもつ共産主義作家であったこと、同志小林が常に全力的であり、前進的であり、創作のために寸暇を惜んで刻苦したことは、彼に関する最も断片的な追想の中にさえ読まれた。
貧農の息子、搾取と抑圧をうける若い下級銀行員として同志小林は、ごく初期の作品(「健」、「最後のもの」など)においてさえ、大衆の苦悩とその社会的根源をあばかんとする方向を示している。
「一九二八年三月十五日」は三・一五当時にお
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