は、頭と体とを強壮にして、独特に複雑な自分たちの歴史に、一条でも明るい光を、一筋でも合理な生活の道を自分たちの力でつくり出してゆかなければならない。

 それぞれの職場によって、そこに働いているひとの気分が違う。それは自然な事実であると思う。同じ会社でも半官的なところと小さい個人会社とでは、気風も働く条件も随分ちがっているのが実際であるし専門によってもおのずから相異がある。具体的に云えば一つ経営の下でさえ、課が違えばそこの空気も違うというものだろう。
 しかしながら、そういう具体的な細部がそれぞれにちがっているほど、日本の働く女性として社会にもっている条件に大差があるのだろうか。このところは私たちを深く考えさせる点だと思う。
 実際の条件は同じによくないのだが、勤め先が世間で通っている名のよいために、それで微かななぐさめや自分への矜持を保とうとする若い女性の心理が、今日の働く婦人たちの心からどのくらい無くなって来ているだろう。その点どのくらい成長して来ているだろうか。
 工場に働く女性と他の経営に働く女性との間にはちっとも共感のないのがこれまでの普通であった。よその経営に働く婦人たちは自分たちの境遇のつまりのところは、日本の製糸工場で同性たちが受けている待遇とつながったものであるという現実に対して、実に無智であった。自分たちの居場処や服装が糸取りをして働いている同性たちと違っているということだけに視野をとざされていて、働く婦人として社会にもっている関係の本質の共通性をみる生活の力をもっていなかった。ちょうど、小さい鏡の中で顔と帽子のうつり工合だけ見ていて、自分の靴の踵のねじれ工合をまるで知らない若い娘のような無知さであったと思う。
 集団的にリクリエーションを愉しむことを学びつつある日本の働く女性たちは、社会的な集団の感覚で、あらゆる職場で働いている同性たちの生活への理解、共力を新鮮に育てて行くべきであろう。そして、働く女性の強大な合唱によって、旧い習俗の壁を崩さなければなるまいと思う。
[#地付き]〔一九四一年二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
   1952(昭和27)年8月発行
初出:「婦人
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