そして家中が、何だかザワザワした様子で午後になると、第一に母が頭の工合が大変悪いと云い出した。
 それに続いて、私も何だか後頭部が重くて堪えられないと云うものが沢山出て来て、夜頃には家中の者が渋い顔をして、
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「どうもこれはただじゃあない。
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と云い合った。
 そこで一番気分の悪い母が医者へ電話をかけて泥棒の事をすっかり話してどうも魔睡剤を掛けられたのじゃああるまいかと思うが、若しそうだったらどうしましょうと訊いた。
 そうすると、電話口でお医者さんは大笑いをして云ったそうである。
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「そいじゃあ奥さん、
 よく御不事に生きて被居っしゃいましたねえ。
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 兎に角皆が気分が悪かった。
 そして今夜は誰か起きて居なけりゃあいけないと云う事になったけれ共どれもどれも気が向かない。
 まして女中などを起して置いたって、自分の方からぶつかっても魔睡剤に掛って仕舞って、泥棒が「此処をあけろあけろ」と怒鳴りでもすると、
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「いらっしゃいまし。
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と云って開けて遣りそうだと云うので、結局夜光りの朝寝坊の私が夜番をする事になった。
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「ああいいともいいとも私が居りゃ泥棒だって敬遠して仕舞うさ。
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などと云いながら、少し夜が更けると、皆の暑がるのもかまわず、すっかり戸を閉めて、ガラス戸にはカーテンをすきまない様に引いた。
 そして、そこいら中に燈をカンカンつけた中に、小さい鐘を引きつけて、私は大変強そうに、自信あるらしい様子をして夜番を始めた。
 勿論、すぐ傍には両親の寝室があり、向うの方では書生がちゃんと起きて居るのだから決して私一人なのじゃあない。
 けれ共私は強くなくちゃあならないと思った。
 勿論強いんだろうとは思うけれ共、大抵の時には、いつもこわい事の済んで仕舞った頃漸々強さが出て来るので、一度だって強いと思われた事がない。
 自分でもどうだかよく分らない。
 けれ共、とにかく私はいつも自分の部屋でする通りに気を落着け心を集めて読み書きを仕様とした。
 一時過ぎになるまでは至極すべてが工合よくなった。ところが、フトどうかした拍子に、大窓のカーテンの隅が三寸ばかり、明いて居るのを見つけてからは
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