で、車窓からつきとおしに見渡せるのである。
 紺足袋は娘に、もう直ぐだよ、もう東京だよと云いながら、まだ満鉄に興味をもち、
「ホウ、それは新しいんですか」
と何かの持ちものに感歎している。
「いいや、持っていたものです。つかってるものに税はかからないんです」
「新しいの、かけますか?」
「かけるね」
「むこうで買っちゃ、じゃ損だね」
「ああ。それにすべて物価は高いですよ。何でも三倍ぐらいと思えばいいね」
 暫く声が乱されたが、やがて、カーキ色は立ち上って、外套のベルトをしめなおしながら、
「こっちの方がいいですよ。あっちは子供の教育方面にもわるいしね」
と、どこかふけて、語られない多くのことを目撃して来た者のような言葉つきで、云うのがはっきりそこだけきこえた。
 汽車はすっかり市街に入った。踏切りを通過する毎にけたたましく警笛が鳴る。工場のひけ時で人通りの激しい夕暮の長い陸橋の上で電燈が燦きはじめた。田舎の間を平滑に疾走して来た列車は、今或る感情をもって都会へ自身を揉み入れるように石崖の下や複雑な青赤のシグナルの傍を突進している。
 睡っていた百姓風の大きい男は白毛糸の首巻の上で目を瞠
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