東京へ近づく一時間
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)上気《のぼ》せて

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九三五年三月〕
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 近くには黄色く根っ株の枯れた田圃と桑畑、遠くにはあっちこっちに木立と森。走りながら単調な窓外の景色は、時々近く曇天の下に吹きつけられて来る白い煙の千切れに遮られる。
 スチームのとおっている汽車の中はどっちかというと閑散で、くくられた桑の細い枯枝に一瞬煙が白く絡んで飛び去る速い眺めは冬のひろい寒さを感じさせた。ひどく古風な短いインバネスをはおり、茶色の帽子をかぶった百姓らしい頬骨の四十男が居睡りをしている。すっかり隣りの坐席の男に肩をもたせこむような恰好をして睡り込んでいる。真白い毛糸の首巻から、陽やけのした、今は上気《のぼ》せている顔が強い対照をなしている。奥の方の男は、眠っているうちに段々そうなったという風で、窮屈そうにやはりインバネスの大きい肩をねじって窓枠に顔をおっつけて睡ているのである。
 むこう向きに赤い手柄の丸髷が揺れている。連れの、香油をつけて分けた頭が見
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