田さんやめたよ」
 次の駅でその女学生たちは大抵降りてしまった。
 再び、満鉄傭員のカーキ色帽が私のところから見えるようになったのだが、その若い男の口のきき方や素振りは、何かその男が幸福ではないという感じを私に与えるのであった。満鉄へつとめているというのに旅行案内一冊その男は持っていず、娘の子をつれたのが、
「つづけて二三本出ますね」
と、綿密に自分の小型旅行案内をくっては調べてやっている。
「米原三時五十五分ですよ」
「これ何時にいぐんです?」
「上野が五時半頃でしょう」
 満鉄は、そうきいても、ぼーとしたように黙っている。
 いつしかレールは左右に幾条も現れ、汽車は高みを走って、低いところに、混雑して黒っぽい町並が見下せた。コールターで無様に塗ったトタン屋根の工場、工場、工場とあると思うと、一種異様な屑物が山積した空地。水たまり。煤をかぶった狭い不規則な地面の片端を利用した野菜畑。色さまざまの干物の一杯ある家屋の裏。汽車は高いところを走っているから、そういうゴミゴミした大都会の入口の町並一帯の直ぐ向うの広いコンクリの改正通りには均斉を保って街燈が立連り、トラックなどが走っているのまで、車窓からつきとおしに見渡せるのである。
 紺足袋は娘に、もう直ぐだよ、もう東京だよと云いながら、まだ満鉄に興味をもち、
「ホウ、それは新しいんですか」
と何かの持ちものに感歎している。
「いいや、持っていたものです。つかってるものに税はかからないんです」
「新しいの、かけますか?」
「かけるね」
「むこうで買っちゃ、じゃ損だね」
「ああ。それにすべて物価は高いですよ。何でも三倍ぐらいと思えばいいね」
 暫く声が乱されたが、やがて、カーキ色は立ち上って、外套のベルトをしめなおしながら、
「こっちの方がいいですよ。あっちは子供の教育方面にもわるいしね」
と、どこかふけて、語られない多くのことを目撃して来た者のような言葉つきで、云うのがはっきりそこだけきこえた。
 汽車はすっかり市街に入った。踏切りを通過する毎にけたたましく警笛が鳴る。工場のひけ時で人通りの激しい夕暮の長い陸橋の上で電燈が燦きはじめた。田舎の間を平滑に疾走して来た列車は、今或る感情をもって都会へ自身を揉み入れるように石崖の下や複雑な青赤のシグナルの傍を突進している。
 睡っていた百姓風の大きい男は白毛糸の首巻の上で目を瞠
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