ンピースを着た千鶴子はいいえと云って首をふりかけて、
「あ、すみません、一人いらっしゃいました」
 おかしそうにすこし雀斑《そばかす》のある瞼の中で眼玉をくるくるさせた。
「とても髭の特徴のある方が見えましたわ。よくいらっしゃる方――」
 その日は午後一時から関係者の定期集会がある日なのであった。
「髭の特徴がある人って――誰かしら」
 千鶴子は団扇《うちわ》をとって、向い側から道子の方へ風を送ってやりながら、
「一番ちょいちょい見える方――会計の方じゃありません?」
「豊岡さん? あのひとならそんな髭なんかないわ」
「あらア、だってあったんですもの」
「だってあの人の顔なら私もう二年も見てるのよ」
「そうかしら――たしかにあの方だと思うんですけど。あの髭……」
 いかにもそれは特別な髭という調子なので、道子も、云っている千鶴子もとうとうふき出した。
「まあいいわ、又来るって云ったんでしょう」
「ええ」
「じゃあ今度こそよく見とこう」
 千鶴子はくすくす笑っている。
 その狭い事務室には内外の専門雑誌とカタログとが、各部門別のインデックスで整理、陳列されていた。会議室は、もう一階上の四
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