ってしまった後には、※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12、225]《むし》りのこされたように歪んだ長屋や小工場などが生活の内部を炎暑にさらして現れている。雑草が茂って、大きい水たまりがところどころにあり、広いごみ捨場のような眺望の空地は、新製式な工場めいたコンクリート塀の下からはじまって、遠く電車通りのところまで一本の樹木の蔭もなく延びひろがっている。
道子が同じ路を二時間ばかり前に来た時には、その荒れた広っぱのひとところで数十人の白服が列をつくって並んだり、分列したり、動いていた。
道子は小さくきちんとたたんだハンカチで、ベレーをかぶった額や小鼻の汗をふきながら、むらのない歩調で歩いた。こまかく光る金網のむこうで道子を見て、どうしたい、と笑った啓三の顔や、あつそうに片手で単衣の袖を肩の上へたくしあげた啓三の身ごなしが道子の眼へというよりはうち向っている心にまざまざとのこされた。良人に面会した後は単純にうれしかったなどと云い切れない苦しい感情が、いつも道子の気分にのこされるのであった。益々底深い鬱然とした気分、その一方では、まあよかったとぼんやり自分から自分を云いなだめてい
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