う言葉のあるのをお思い出せなさいますか。
 ほんとになぜ私は命を授けられたのか、それはこんな貧弱な頭で解ろうはずはありません。けれども、これほど微妙な生のあらゆる機能、自分で平気でいるのが、ときどきこわくなるほど微妙な作用を無言のうちに行って、今のところでは、それが次第次第に成長して来るのを感じているときに私は、どうして自分の生きていることは、間違いだと思われましょう。
 先のように遊戯的に死を考えることなどは、もう出来なくなっている私は、はっきりと生きなければならないことを感じております。
 どうしても、生きなければならない。そして生きるなら、出来るだけ正しい、よりよく、より真面目に生きなければならないのは当然ではありますまいか。
 この言葉に対して、否定を与える人は一人もないことは確かです。皆がよくなれと云い、正しくなれと云います。けれども、悲しいことには、私も、恐らくはあなたも、王様には黙って耳を切られ殺されなければならなかった国民と大差ない境遇に置かれているとはお思いなさいませんか。
 王様は、絶対無二、尊厳であり偉大であり完全でありたかったのに、不仕合わせな耳が彼を苦しめる種となったので、悪口、批評の根絶やしをしたくて、皆の耳を自分と同じようにさせて、ホッと安心しました。ほんとにこれなら、先ず大丈夫と思っていたのでしょう。
 国民は、耳をとられるのは厭でも、相手は王様だから仕方がありません。心の中では不平にも思い、神の救いを求めても、王様の口からの命令は、容赦もなくさっさと耳を取ってしまいます。
 そして、暮すに都合のいいように、生れたときから与えられていた一つの宝を奪われた上に、戦では、命までも捧げなければならなかった彼等。命をそういう風な形式で捨て、そういう風な敗亡に陥らせるような原因は王様自身が作りながら、皆が弱いとか、意気地がないとか叱られなければならなかった彼等の仲間の一人になって、一生を終ることが出来ましょうか。
 自分が、この自分以外の誰でもない私が過す一生の、この大切なこのごろを、ただ彼等の手元にあるときほか責任をもたない人に、一時的な、皮相的な教訓と、非難することは知っていても、ほんとに「その人」を育てることが出来ない人々に、自分の全部をあずけて、安心していられましょうか。
 私は、決して、巧くスルリスルリと万事をすりぬけて、楽に「世渡り
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