遇の変化にも、時代の進行にもなお動かされずに、自分の一生を貫くべき、「ほんとの人格の力」が見出されなければならなかった。自分が今も持たねばならず、学校を出てからも、死ぬときまでも持っていなければならない力が、要求されたのである。
一生の基となるもの、自分をほんとに偉くするもの、それは何だろう。
いくら考えても、答はやはり同じ、それは何だろうである。
彼女は、また今までよりもっと恐ろしい、もっともっと果もない疑いにぶつかった。追い払われていた、不仕合な悲しみや、辛さや、恐ろしさが、またソロソロと這い出して来た。どうしたらいいだろう。
洋罫紙《ようけいし》の綴じたのに、十月――日と日附けをして書きながら、彼女は、カアッと眩《まぶ》しいように明るかった自分の上に、また暗い、冷たい陰がさして来るのを感じた。
すぐよかに、いみじかれ
我が乙女子よ……。
声高な独唱につれて、無意識に口をそろえ声を張りあげて
すぐよかに、いみじかれ
わが乙女子よ……。
と合唱の繰返しをつけている最中に、彼女にはフト、その「すぐよか」「いみじき」という言葉の意味が何だかはっきり分らないようになった。知っているつもりだったのに、何も浮んで来ない。ちっとも分らない。
驚いて、心に不安と混乱とを感じながら、自分の前に、隣りに、または後に、美くしい声を張って楽しそうに歌いつづけて行く仲間の顔を見まわす。そのときの、その通りの心持が今、彼女の胸を満たしたのである。
三
偉い人というのは……、
どこかで声が聞える。彼女は耳を澄ませ、大急ぎでその方に駈けつける。
そして、一生懸命に聞こうとするけれども、よく聞え、よく透ったのは最初のその一句だけで、後の大切だと思われるところは、何だか声が小さかったり、言葉が混雑していたりして、いくら気をつけても、ちゃんとした意味が飲みこめない。
これでは困ると思ってしまいに、体を動かしたり、目を瞑ったりして聞きしめようとしているうちに、話し手は、また、一番初めと同じ勢のいい、賑やかな声で、
それ故、あなたがたも、皆修養して、立派な人格の所有者とならなければなりません。
と云うと、待ちかまえていたような、拍手が起る。お辞儀をする。そして、お話はもうすんでしまったのである。
せっかく気を張りきって、多くの期待を
前へ
次へ
全31ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング