どの仕合わせ……。
彼女は、まるで暗闇の中で路を見失ったように、がっかりし、希望がなくなっていた先頃の自分を想い出すと、我ながら可哀そうになって、つい涙をこぼしながらも、あらゆる歓びと希望がより一層よい形で蘇返《よみがえ》って来た今の嬉しさに泣く下から微笑を押えることが出来なかったのである。
まったく、彼女は復活した。
確かに順調ではなかった体の工合も、すっかりよくなって、毎晩恐ろしい夢に魘《うな》されることもなく、青かった顔にもいい色に血が潮《さ》して来た。
そして、自分でもびっくりするほど力の増した彼女は、健康状態が非常にいいとき、誰でも感じる通り、あのピンピンとひとりでに手足が動くような活気に満ちながら、踊るように学校に行き、行ったときと同じ元気で帰って来る。
疲れだの、倦怠だのというものは、このときの彼女の指一本に触れることも出来なかったのである。
よく眠り、よく動きながら、彼女は一生懸命に勉強した。
ついこの間までは、まるで解りそうもなかった、大変難かしそうだと思っていた本も、読もうとさえすれば、必ず或る程度までは理解される。
まるで、彼女は脳髄がいいスポンジのような心持がせずにはいられなかった。たくさん読み、たくさん考えているときの、あの頭が快く一杯になって、額の辺が堅く張って来る心持。心には何かが確かに遺されたという自覚。
一方で理性がそろそろと、必要な訓練をほどこされているうちに、彼女の空想は次第次第に現実を基礎とした上に、また彼特有の王国を築いた。
非常に鋭敏になった聴覚と視覚とが、かつては童話的興味の枯れることない源泉となっていた自然現象の全部のうちに、現実を基礎としたいろいろの神秘を見出し、自分自身を三人称で考える癖が増して来た。
「彼女は今、太い毛糸針のように光る槇《まき》の葉を見ながら、或ることを考えている……」
槇の葉が美くしく光るのを見ながら、今考えている自分を、また考えている自分がある。
「こんなにたくさんの葉を皆間違いなく、その枝々につけ、こうやってただこぼれた麦粒から、こんなに生き生きとした、美しい立派な芽を出させるものは何だろう、彼女は、白いなよやかな根元から、短かく立つ陽炎《かげろう》を眺めながら考えている」
考えの進歩につれて、彼女は自分の頭の中へ書いて行く。
けれども、この第二の自分は、先のように
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