か。
 ここに一つの物語がある。
 第一次大戦までは、まだ地球の端々にのこされていた未開の人々の社会での出来ごとである。その野蛮人たちの男は狩りを仕事とし、女は木の葉でふいた小舎の前で穀物をついたり、酒をかもしたりして働き、彼等の間では結婚の形態も、原始のままで行われていた。一つの部落内では集団婚で、良人と妻とは互に一人が一人のものときまっていなかった。狩りのえものがあって何日かは食べるものの心配から解放されたとき男は自分の好きな女の小舎に入って、外に自分の弓矢をかけておくのが習慣であった。部落のほかの男たちは、そこに一対の弓矢がかけられている間は、その持主に良人の位置を認めるわけである。
 獣の巣ごもりに近いそういう男女の結合の形でも、やはり人間には互の好きさが大きい役割をもっていた。その弓矢をもった男と、小舎の女とは、互にひどく気に入って、愛着し、はなれることがいやであった。小舎を出てゆけば、しるしの弓矢がはずされなければならない。弓矢がはずされれば、ほかの男が良人の権利を交代するであろう。男にそれが辛かったし、女もそういう自分ののぞまない変化はきらいに思った。未開の人の頭では、そ
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