通り雨
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)質《たち》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)行って御|仕《し》よ、

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから1字下げ]
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 私の部屋の前にかなり質《たち》の好《い》い紅葉が一本ある。
 気がつかないで居て今日見るとめっきり色附《いろづ》いて、品の好い褪紅色になって槇の隣りにとびぬけた美くしさで輝いて居る。
 今畳屋が入って居るので家中、何となし新らしい畳特有の香りで一杯になって居る。
 今日は子供部屋の畳を取りかえると云って中庭中に、台を持ち出してひどい風に吹かれながら縫いなおしの表《おもて》をさして居た。
 朝からの風が雨になって大粒なのがポトーリポトーリと落ちて来た。
 若い職人は主婦から注意されるまで意地の強い顔をして座って居る。
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「玄関の土間へ行って御|仕《し》よ、
 床《とこ》を濡されたら仕様がないから。
[#ここで字下げ終わり]
 わきに居る書生に大きな台の片方だけ持ってやれと云ったりした。
 一枚の畳が乗るだけの台だからそんなに広くない土間に五つ六つのが入るはずもなく私の部屋の長い廂《ひさし》の下へも一つ持って来た。
 誰も居まいと思って居た処に私が居たんで二人は少なからずへどもどして敷居とすれすれに台を置いて頭を持ちあげる拍子に隅の方へ入って居た方のが上の窓の木で頭をぶった。
 私は失笑《ふきだ》しそうになったのを辛《よ》うやっと知らん顔をする。
 だまって顔を見合わせた二人はそそくさと出て行って庭の中で雨にぬれながら押し出された様な声で笑って居た。
 又私の居る処へ来て玄関の土間へ声をかける、
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「どうにかして、もう一台だけ入れないかい?
「どうして入れるもんかい、馬鹿な。
 来て見ろよ、もうきちきちだよ、
 そこで出来るだろう。
[#ここで字下げ終わり]
 向うの窓をあけて私の部屋の廂を見る。
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「駄目なんだよ、
 此処に石が有るから。
 彼方《あっち》へ廻ったら濡鼠だ。
「どうにかしてやるから待ってろ。
[#ここで字下げ終わり]
 首を引込めて仕舞った。
 二人は道具を入れた小さい行李《こうり》の様なものを楓の枝ごみの葉かげに置いたり散
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