う。ところが、卒業後五六年迄の間に、何という友達の苗字の変ることか。一人一人と結婚し、一人一人と、変った姓で呼ばれることになる。結婚してから幾年か経ちでもすれば、良人の姓にも馴れ、記憶に刻まれるのだけれども、今迄、呼びなれていた友の名が、何時の間にかまるで違ったものになり、前に現れると、自分は、すっかりまごついてしまう。また、誰でも、一々友達じゅうに、自分の結婚を告げ歩く人はいない。時には、十人の中四人も知らないうちに、その人の名は、すっかり異ったものになっていたという有様なのである。
 勿論深田さんという人も、同級会の幹事が知らせて来る以上、組の中の一人であったには相違ない。誰だろう。お産で死なれたとは気の毒に思う。誰だろう。――考えても、当が付かない。
 自分はちっとも心に誰という明かな感じもなく、従って、真面目にさほどの悲しみをも感じない空な名に、御香奠を送る気にはなれなかった。何だか嘘で、自分はただ出せと云われた金を出したという心持ばかりがする。
 漠然と、誰かが死んだというだけの感で、私はそのままにしておいた。他に迫った用事があり、夜はもうすっかりそのことを忘れていたのである
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