先生にするよりもっとあらたまった静かなお辞儀をした。
 手を膝にのせてその水色を見つめて居ると、物恐ろしさは段々消えて、
[#ここから1字下げ]
「ほんとにお叔父ちゃんは死んじゃった。
[#ここで字下げ終わり]
と云う絶望的な、もうどうしても取り返しのつかない心持がはっきりし出して、私は大人の様な静かなそれで居て胸を掻きむしられる様に苦しい涙をこぼしたのであった。
 その次の日から朝、お水と塩を枕元の机に供えるのが私の役目になった。
 朝になると私は目が醒め次第暗い叔父の枕元に新らしいそれ等の供物を並べた。
 生きて居る叔父に食べ物を並べてあげる通りどこかでお礼を云われて居る様な彼の大きな掌が、
[#ここから1字下げ]
「ありがとうよ、
 好い子に御なり。
[#ここで字下げ終わり]
と頭を叩いて呉れる様に感じて居た。
 そして、常に叔父の云って居た事が間違わなければ、好い事をした人は好い所へ行く筈だから、
[#ここから1字下げ]
 お叔父ちゃんも今にどっか好い所へ行くのだろう。
[#ここで字下げ終わり]
と云う想像が非常に私を安心させて居たのである。

 納棺の朝頃であったと思う。
 
前へ 次へ
全39ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング