追憶
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)漸《ようよ》う

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「涯のつくり」、第3水準1−14−82]
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 二日も降り続いて居た雨が漸《ようよ》う止んで、時候の暑さが又ソロソロと這い出して来た様な日である。
 まだ乾き切らない湿気と鈍い日差しが皆の心も体も懶《だ》るくさせて、天気に感じ易い私は非常に不調和な気分になって居た。
 一日中書斎に座って、呆んやり立木の姿や有難い本の列などを眺めながら、周囲の沈んだ静けさと、物懶《ものう》さに連れて、いつとはなし今自分の座って居る丁度此の処に彼の体の真中頃を置いて死に掛った叔父の事を思い出して居た。
 私が七つの時に叔父は死んだ。
 そして其の死は極めて平凡な――別に大した疑問も多くの者が抱かなかった程明かな病名と順序を持ったものであった。
 彼は悲しまれ惜しまれて丁寧に葬られた。
 けれ共十年立った今では死んだ者の多くがそうである通りに彼の名も彼の相貌も大方
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