響き返る事が出来るのである。
大変深く切った疵も少しずつなおりかけて来ると、独りでボツボツと食べる病院の飯は不美味いと云ってはお昼頃大きな繃帯で印度人の様に頭を包[#「包」に「(ママ)」の注記]いた叔父がソロソロと帰って来る様になった。
その頃は長かった髪も頭の地の透く程短かく散斬りにし、頬の肉が前より一層こけたので、只さえ陰気であった顔は一倍凄くなった。
黒っぽい木綿の着物に白い帯をした彼が、特別にでも自分だけは粗末な品数の少ない食卓にしてもらって、子供達の話や母の慰めを満足したらしく聞きながら、一口ずつ噛みしめて食べて居た様子がありありと目に浮ぶ程である。
或る日いつもの様に庭木戸の方から入って来た彼は、縁側にドサリと腰を下すと持って来た杖がころがったのに耳もかさず、妙にソーケ立った様な顔をしてだまって溜息を吐いて暫くしてから、
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「余程弱ったものと見えて今日は来る道に目が廻って仕様がなかった。
高等学校の角で三十分もしゃがんで居た。
[#ここで字下げ終わり]
とさもげんなりした様に云った。
此の時位私の心に彼に対して憐みの湧いた事はなかった。
今までは叔父と云えばどうしても自分より偉く強く、どんな時でも困る苦しい事はない人だと云う様な気がして居たのが根底から引っくり返されて仕舞ったのである。
彼の棒を並べた様な垣によっかかって、人の足元の塵を浴びながら叔父ちゃんが苦しがって居るのに、沢山通る人の一人もどうしたのかと云ってさえ上げる人はないのか。
何と云うひどい人の集まりだろう。
何故自分が行ってそんな悪い人達を睨みながら大切にお叔父ちゃんを連れて来て上げなかったろう。
私は自分自身の手ぬかりの大いさに苦しめられると共に「悪い大人共」に対する憎しみで体が震える様であった。
そして彼に対する大人らしい同情が一層愛情を強く燃えたたせて、彼の味方は世界中に自分がたった一人有るばかりだと云う肩の折れそうな責任と誇りを感じたのであった。
その時から私の知って居る以外の大人共は非常に減ぜられた価値を持って私の前に現われて来たのである。
其那事があってからじきに叔父は家に帰って来た。けれ共頭の繃帯は少し薄くなった丈で常に気分が悪そうに悲しそうであった。
時には、やつれた髭の長くなった頬に止め度なくボロボロと涙をこぼしなが
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