か。
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とぼやけた声で云った。
「おようさん」と云うのは叔父の妹で真に好い人であったが若くて死んだ人である。
此の叔母ちゃんに就ても私は種々な思い出を持って居る。
けれ共、じきに叔父は私だと云うのを知って、大変によろこんで呉れた。
雨が降るから来まいと思って居たのに大変強い児だとか、左様云う心を持って居るとどうだとか種々云いながら、私の気の毒そうに出した泥団子の様なリンゴを見ると、いきなりそれを握って、
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「有難う、
ほんとにありがとうよ。
何よりも嬉しい。
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と云って、いつもの様に目を上に向けてお祈りを仕始めた。
だまって傍に立ってそれを見て居た私は、何とも云えない感情が胸一杯に湧き上って、大声を上げて泣きたくて泣きたくて、どうにも堪えられない心持にさせられて居た。
彼の時の息がつまる様な胸が痛い様な苦しい感じは今でも私の心にはっきり戻って来る事がある。
私は喜ばれて嬉しかった。
けれ共泥リンゴが何故その様に好い物であるかは分らなかった。
私は種々考えたし聞きたいとも思ったが、この事は只自分丈の思い、喜ばれて居る事で他の人に云うには惜しい事だと云う様な心持になって、つい誰にも母にさえも話さなかった事である。
叔父の寝台の傍で聞いた宗教的な種々の話は実に沢山であった。
アダム、イブの話。
ノアの箱舟。
クリストの子供の時の話。
Babel の塔。
其の他種々の話を、彼は我々が日常の出来事に対して云う通りな静かな事実を有りのまま物語って居る様な口調で話した。
子供にお噺だと云う感じを一寸も持たせなかった程、真面目に深重な様子であったので、私は彼の言葉のままに世界を作り無花果を食べ、大きな石を積み上げ様とする人民になりすまして居た。
そして、まるで心をその事々に奪われた様になって、枕をかついで、
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「あー高くなったねえ、
今度は何か上げ様、
石かえ、
聞えませんよそいじゃあ駄目だ。
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等と叫んだり、自分が蛇になって二人の弟のアダムとイブに、
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「貴女そりゃあ美味しいのよ、
おあがりなさい。
神様がけちんぼうだから食べるなっておっしゃるのよ。
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等と云うので母に心配
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