ろな場合、私の心持を本当によく劬《いたわ》って下さるのが分ります」
「書くものも見ていただきなさるの?」
「いいえ、書いたものは一度もお見せしません」
芸術の上で、彼の弟子になる積りはないという意味のことを千鶴子は深く思っているところあるらしい口調で云った。
「あの紹介状を書いて下さいました時もね、御話しているうちに悲しくなって、私泣いてしまったのです。×さんは女のひとにいい友達がないからいけないのだろうって仰云《おっしゃ》って――方々に連れて行っていただいたりするのに×さんがいいだろうって仰云ったのですが、×さんは何だか伯母さんのような気がするから、本当に友達として対せるあなたに書いていただいたのです」
友達に本当に成れるかどうかはる子にはその時わからなかったが、彼女の境遇には一種女としての共感というようなものが感じられた。千鶴子も、人生に対する大きな野心に燃えて、田舎から都会へ都会へと出て来る若い女の一人なのであった。自分の才能がまだ自分でさえ確り掴《つか》めないうちに、非人情的大都会の孤独な日常生活が魂の底を脅かし始めるという状態をはる子ははっきり理解出来た。千鶴子はその時、
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