笑いを浮べながら、こそりと崖のくぼみに引とった。笑い、私共、歩きながらも笑った。
出島跡を歩いて、私共自身への土産に些細な買物をし、長崎を立ったのはその夜十一時であった。前後たった四日の滞在であったが、その間Y、始終腕の腫れに悩まされ通しではあったが、楽しかった。大体、九州の旅行全体が楽しかった。九州は旅行するに変化ある。一つの盛沢山な前菜皿のようだ。陸の境界をそれぞれの山で区切られている国々は、大分にしろ、宮崎にしろ、特色をはっきり保有している。鹿児島と長崎など、ただ一夜汽車に乗るだけで、見ぬものにこうも違おうとは考えられまい。私の願いは、いつかもう一遍、これ等の国々を、汽車の線路よりは少し自由に奥まで彷徨《さまよ》い歩いて見たいことだ。どうぞその時までには、編輯者諸君が沢山私の稿料をくれますように、ペダントリーの種がますように。そして、愛するYが、時間と金とを魔術のように遣り繰る技能に、一段の研磨の功を顕しますように。
[#地付き]〔一九二六年八月〕
底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
1953(昭和28)年1月発行
初出:「改造」
1926(大正15)年8月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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