だって。へー、五円て云ったのよ」
「アラいやだ」
「宿賃なんか兎や角云わないさ」
「大きなこと云ってるわ!」
「兎に角じゃ十日頃としとこう、又此方廻って帰ることにしときゃいいだろう」
 女達の話しぶりには、苦笑ながら悪意のもてぬ何ものかが籠って居た。それにしても、これは、どんな種類の玄人《くろうと》なのだろう。
 女中を呼んで男が
「おい勘定」
と云った。
「おかえりでございますか」
「ああ」
 どやどやと出て来る。丁度こちらの室へ女中が茶を運んで来たところで唐紙が開いて居た。鼻まで襟巻でくるんだ男が無遠慮にそこから内を覗きそうにした。
「いやだよ、この人ったら」
 男のトンビの陰にかくれるようにして、顔は見えず派手なメリンス羽織の背が目に止った。私にはその羽織に見覚えがある! 今日昼間、(あの娘たちのメリンス好きなこと)町の四辻に、活動写真館の前に群れ動いて居た色どりの中に、確にその大きい矢絣りも交って居た。――
「あのお客さん――おつれなあに」
 小さい堅気の女中は切口上で
「女工さんでございます」
と答えた。山のある町の人々は、工場の煙突を見なれたように、此那こともみんな見馴れて
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