で、小さい町の暗さが襖の際まで迫って来るようだ。其日の新聞を読んで居ると、隣りの室で急に電話のベルが鳴った。
「あ、もしもし、下諏訪の二十九番」
女の声だ。
「一力さんですか、すみませんがお鶴姉さん手があいてましたら電話口へおよび下さいな」
宵は水のようだから、若い玄人《くろうと》じみた女の声は耳の傍に聴える。
「もしもし姉さん、私《あたし》……わかった? 今ねえ私《あたし》中西屋さんに居んのよ、よれよれって云うんだもの……姉さん来ない? え? いらっしゃいよ、よ、ね?」
「おいおい」
これは太い男の声が割り込んだ。
「何だって? ハッハッハッ、そんなこたどうでもいいから来いよ、風邪《かぜ》なんか熱いの一杯ひっかけりゃ癒っちゃう、何ぞってと風邪をだしに使いやがる。――う? うむ、そうさ。――じゃ待ってるぞ」
再び森閑とした夜気。――私共は炬燵にさし向いの顔を見合わせ、微笑んだ。こちらのささやき。
「地方色《ローカル・カラー》よ」
「余り静かだからいい景物だ――でも、わるい妓《おんな》だな」
程なく
「ああ冷えちゃった」
立ったまま年増の女の云う声がした。
「お待ち遠さま、今
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