、自然のうつりかわりなんぞに気を奪われている暇はないというように殺気だった意気組みで、姉さんかぶりに上っぱり姿の女も交えた数人の男が、トラックのまわりにたかって盛に襤褸《ぼろ》のあげおろしをやっていた。
 草がすがれるようになって、やがて霜がおり、冬が来ると原っぱは霜どけがひどくて歩きにくくなった。近道を大きい三角形にぬける通行人の数もずっと減った。
 サヨはその季節になると、もう原は通らず改正通りの方から曲って来た。そして、計らずその通りにある下駄の歯入れやの爺さんと顔馴染になった。というのは、そこのところは道普請の前後で、猛烈なぬかるみが深くて犬でさえ行き悩む様子をみせた。その冬サヨは下駄の緒が切れたのが縁で、その歯入れやの店へよったのだが、奥行三四尺ほどの店の片隅を歯入れの仕事場にして、奥はいきなり横丁に沿ってなぞえになった四畳半もあろうかという構えだった。爺さんの顔も手足もかさかさと乾いているとおりその住居のなかも乾きあがって、僅か数本の古|蝙蝠《こうもり》傘があるばかりの有様だ。
 東京ではごく生活の逼迫した区域にどうしてめでたいような派手なような名をつけるのだろう。たとえば
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