いのであった。
「ほんとに、この家ったら!」
 自分のうちの生きものでも叱るような口調で友子が内から格子をガタガタさせた。
「こないだなんか、わたしが出て、あとをしめたら、もう入れないんだもの」
 まあこの主人の私がよ、というその調子にはこの夫婦の暮しにある独特な諧謔《かいぎゃく》がひとりでに溢れていて、サヨは気分が転換されるのを感じた。
 こんな時刻に現れればサヨがどこからの帰りだということを説明する必要も二人の間にはないのであった。
「お茶いれましょうね」
 湯のわく間、友子は内職の編物をまた膝にとりあげている。この夫婦も、もう久しく家をさがしていた。家が古くなりすぎて、風のきつい夜なんかはおちおち眠っていられない。でも、ここで探しているのはただ家だけであった。家の見つかるまでは、つい足をふみはずして準助が二階からパイプをくわえたままころがり落ちて、ひどく腹を立てたりしながらも二人でやって行っている。自分がこうやって時々瞳の中に小さい火をもやしたような顔つきになってさがしまわるのは何だろう。家ばかりのことでない。それはサヨも知っている。
 友子の編棒からは、一段一段と可愛い桃色の毛
前へ 次へ
全33ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング