二つ並べてその上へ脚をのばした。生れるのは早くて朝になるということであった。風のない蒸し暑い夜で、廊下の向い側のドアをあけたままの部屋部屋にぼんやりした灯かげと産婦たちの寝息がみちている。その人達の目をさまさせないように椅子のきしみにも気をかねて、落つかない窮屈な気持でサヨは団扇《うちわ》をつかっていた。
やっぱり籐で作った円テーブルがその室の隅にあって、下の棚に何か雑誌のようなものがおいてある。サヨは片脚ずつ椅子からおろして、立って行ってそれをもって来た。一冊は映画雑誌であった。もう一冊は大阪の方から出ている半社交娯楽の雑誌で、カットなどに力をいれた編輯がされていた。知っている婦人画家の描いたのもあったりするので、暇つぶしに頁をくってゆくうち、サヨは我が目を信じかねる表情になって一つのカットを見直した。そこに描かれている女は乙女であった。乙女でなくて、ほかの誰が、こんなに特徴のある弓形の眉だの、黒子《ほくろ》があってすこし尖ったような上唇の表情だのをもっていよう。二字の頭文字は、昔乙女の良人が知りあいだった例の画家の姓と名とを示していた。絵の乙女は、その体に何一つつけていないはだかであった。粗い墨の線で、やせて小さくそびえた肩が描かれていて、その肩つきはまぎれもなく乙女の肩であった。はだかの乙女は生真面目に真正面を向いて、骨ばった片膝を立てた姿勢で坐り、両腕はそのまんまだらりと垂して、二つの眉をつりあげて今にも唇をなめたいところをやっと堪えていると云いたげな表情であった。そのまるむきな小さい女を画家は荒い筆触で、二つの目の見開かれた大の腕のつけ根や腹の暗翳だのを誇張して表現しているのである。
乙女。乙女。サヨは計らず再会したこのいじらしい昔馴染の名を心で切なく呼んだ。はだかになったところをこの画家が描いている。いかにも乙女らしく媚びることも知らず描かれているが、そこに語られている意味が何をあらわしているか、乙女は思って見たのだろうか。画家が何を現わそうとしているにしろ、乙女がそこにそうやっているそのことに、切ないものがある。それを知っているのだろうか。
雑誌をとじて、サヨは椅子の背に頭をよせかけていた。
蒸し暑いまま夜が明けはなれて来た。窓のすぐ外のプラタナスの街路樹がだんだん緑の葉色を鮮やかに見せて、朝日の条がその上に燦き出した。
突然どこか階下の方で
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