煙草をすいつけようとしている。そこへ来かかったのは、太った体にガウンをゆさゆさと着、胸に白ネクタイを下げた学生監並にシルクハットにフロック、コオトのブルドック二人である。漫画の題はTRAPPED、大学スケッチ第八。
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    書簡(二五)

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註。夜の歩道。一人の学生が巡査の帽子を失敬して一目散に走り出した。その代りに三角帽をのせられた本人。いそいで追っかけている後でうまく逃げろ! と燕尾服のズボンに片手を突こみ片手には手袋を振って声援しているもう一人の学生。更に一人は瓦斯街燈にからみついて他愛がない。遙か彼方から、重い体で学生監がかけつつある。
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「EXCHANGE IS NO ROBBERY。」
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    書簡(二六)

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註。この塗絵帳のことは、かすかに、かすかに思い出せる。エハガキ四枚が一頁に入っていて、羊と遊んでいる少女の絵などが線であらわされていた。母は私に絵具を買ってくれたろうか? 色をつけて父に送っただろうか? 覚えていない。私はきっと又母に手をもち添えられて、夜の燈の下で遠いところの父へ、その礼の手紙をかいたことであったろう。この本のほか、父は子供たちに折々様々のものを送ってくれた。両手にもつ柄のところに鈴のついた繩飛びの繩だの、臥かすと眼をつぶる人形だの。そういう箱を開いたとき、芳しく鼻をうった一種独特の西洋の匂いだの、その時分は全く珍しかったティッシュ・ペイパアのさらさらした手触りだのを、今も鮮明に感覚に甦らすことが出来る。
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    書簡(二七)

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註。この時分の三人の子供達あてのエハガキの英文宛名は、大きい字で
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  Three little Froggs
     in
        Japan
とかかれている。
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    書簡(二八)

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註。この写真が、あのコダックでとられたのであろうか。父が帰朝した日は雨ではあったし、子供の心に大きすぎる感動の数々で、私は白麻の洋服を着て、くたびれて、横浜から東京までの汽車の中
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