った着物を返せ』という男があったとしたら彼女は彼に家を出て行けと命令することが出来た――妻にはそれが出来ない。もし彼女を打つ男がいたら、彼女は警官を呼ぶことが出来た――妻にはそれは出来ない」「こういう生活の方が結婚より好ましく思われた。併し私としては――そういう生活も結婚も望まなかった」女が男にたよって生活してゆく限り、女は自分の体に対してさえ権利をもつことを許されない。男に、「阿婆擦れ」だの「淪落の男」だのということが云われずに女ばかり体で価値をつけられることの腹立たしさ! 若いアグネスは自分は「女になるまい……なるものか」とかたく思った。
 砂漠のあるアリゾナの大学生であったアグネスが第一の結婚の対手であった同じ学生のアーネストにめぐり合ったのは大体彼女がこういう心の状態の時期であった。
 アーネストのおとなしい、女を男と対等に扱うしか知らない青年の素直な魅力はアグネスをとらえる。彼と話すこと、遊ぶこと、笑うこと、それ等は十九歳になろうとするアグネスの外見は粗野で傍若無人のような胸の底につよい憧れとなっている美、優雅、恋の感情にやさしく一致する。自然アグネスはひきつけられずにいられ
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