女は二つのものを二つにわけてしまう方向へばかり行動している。解決の端緒を社会的な契機の中に見出していないことから、彼女はこの自身の矛盾を大局からつかみ得ず、自分の行動をも客観的に批判し得ないのである。
「女一人大地を行く」に書かれているまでのアグネス・スメドレーは、不屈な闘志と生来の潔白な人間的欲求と共に熱病的な矛盾と自然発生的な手さぐりな、しかし熱烈な生きかたとを展開しているのである。
「女一人大地を行く」が書かれてから既に十年近い月日が経った。スメドレーは現在中国の最も進歩的な勢力の中心にあって、ジャーナリスト、政治家としての、活動をつづけている。ソヴェト訪問をもしている。彼女の経験の増大と、社会的事情の進みとは、彼女が呈出しているこの重大な人間的課題を、今日どう解いているであろう。彼女は女及び人間、そして革命的ジャーナリストとしての自身の生活で、どのように答えているであろうか。恐らく、スメドレーは「女一人大地を行く」の中に認められる貴重な素質を成熟させ、よりひろい社会性と計画の上に立って女の生活の向上を考え得るようになっていると思う。何故なら、スメドレーが「女一人大地を行く」を書いている。あの率直さ、潔白をもって現実を更にひろく見渡すことの出来る境地に到達すれば、新しい合理的な生活の建設の途とはこの人生でどういう生き方を意味するかを当然理解せざるを得ない筈であるから。

「女一人大地を行く」の中には、非常に素質の豊富な、しかしながらそれらの素質はきわめて自然発生的に、経験的にだけ成長しているために、不揃いな発展をとげている一女性の姿が見えているのであるが、ここに更にもう一つの興味ふかい教訓が含まれている。それは、アメリカの女であるアグネス・スメドレーが今日、中国で活動しているその心持の秘密である。大体アメリカでは東部より西部の方が人種的差別が甚しい。その西部で生れたアグネスが、カリフォルニヤ大学で、そこの理事会がインド人の講演に反対したことから、有色人種に対する研究心を刺戟され、永年に亙る人種的偏見への闘争をはじめていることはまことに面白い。アグネスは、自分が生きて来た経験から、自分の体の皮膚の色で、白人の社会にもある不合理、非人間性を知りつくしている。同じ白い皮をもっているからと云って、アグネスは飢餓から救われたことはなかった。若い弟が自由労働者として働いている間に、溝の中でつぶされて死ななければならなかった事情を彼等の皮膚の白さがかえはしなかった。社会の非人間的な差別が、皮の色だけにないことをアグネスは痛感している。自身の実感から、出発して、世界経済におけるアジアというものの意味をも知り彼女はインドの運動をも支持した。そして、今日、中国に働いている。単に「風とともに」というコスモポリタンとしての気分からだけ、彼女の自然で自由な国際的な感情があるのではないのである。そしてこの面での彼女は、既に「女一人大地を行く」の時代から、性と婦人問題とに対する理解よりずっと高い成熟を示しているのである。
「大地」「母」「息子たち」「分裂せる家」などで世界の読者に親しまれているパァル・バックが中国を愛する心持と、アグネス・スメドレーの広々とした感情とは、今世紀の二つの女の社会性のタイプであると思う。
 バックが中国を理解し、愛していることは一朝一夕のものではない。そこには彼女の父母が埋まっている。彼女の子供達は中国の乳母と中国の子供たちの間に育った。彼女の全家族の生命が銃弾におびやかされたことがある。バックは、いくつかの貴重な生命を通じて、急激に動く中国を理解しているのである。
 宣教師の娘であり、宣教師の妻であって、バックが、中国の民族的自立の必然を認め、中国の民衆の独自性を理解して中国にキリスト教と宣教師とは必要ないものであると公言していることは、実に一つの驚くべき人間的誠実である。彼女はこれらのものの性質が帝国主義であることもはっきり認めている。彼女の誠実を目醒すだけの力が、民衆の生活に擡頭して来たのである。しかしながら、バックの中国に対する認識のつきつめたところには、東は東、西は西という考えがある。中国が東は東として自主的に民族の複雑な課題を処理してゆくべきであり、イギリスやアメリカの手を入用としないものであるという考えである。これは、その限りでは正当であるし、今日の中国の人々が自分たちの国土の中で行われている分割占拠に猛然と反対している感情とも一致したものである。「分裂せる家」の淵《ユアン》の自尊心ある中国のインテリゲンツィアとしての心理をバックは大変よく描いている。けれども彼女の中国に就ての支持的な立場における東は東という結論も、現代の紛糾した社会関係の中では単純に固執し難いものである。或る場合様々の反動をさえ生むことにな
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