うから。」
一枚の葉書に二人の名宛を書いた。
万年筆の少し震えた字を見なおそうともしないで、東京でこの葉書をうけ取った二人の顔を想像して居た。
[#ここから1字下げ]
あんな人達に送られて仰山ぶって二十日ぼっちつい鼻の先へ出かけるものがあるもんか。
[#ここで字下げ終わり]
千世子は何となしに肩がスーッとした様であった。
誰の事も心配しずに二十日の間海を見て暮せると云う事は下らない事のゴチャゴチャつづいた後にはたまらなく慰めの多い事で自分の体がほんとうに自分のものになった気持がした。
同車の男がマッチをするのを見て千世子は火の用心をおし、と云って来るのを忘れたのを思い出してたまらなく不安心になった。
けれ共それも気のつかない内に忘れてしまって単調で有りながら注意味の深い様なカタコト、カタコトと云う音に、どこまでも運ばれて行きたい様になって居た。
底本:「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年11月25日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第6刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振
前へ
次へ
全27ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング