な事どうでもようござんすねえ、
 気が向いたらいらっしゃるがいいし、
 そうでなかったら御やめなさるがいいし、
 御義理ずくで『いやいやながら』でなけりゃあどうだってようござんす。」
「ひまっつぶしでしょう。」
「そうでもありませんよ、」
「仕なけりゃあならない事はいつだって仕ますもの。」
「でもねこの近いうちにどっかへ一寸行って来たいと思ってるんですよ。」
「どこへです?」
「海へ。」
「山は御いやなんですか。」
「山ってば温泉の近所ででもなけりゃあ静かすぎましょう。
 私は小ぎたない山ん中の温泉なんかあんまり好きませんもの、
 温泉なんかへは気の合った友達とでも行かなくっちゃあ居られるもんですか。」
「私は百姓達にまじって下手な義太夫や講談をきくのがすきなんです。」
 篤は徒歩旅行をしてそこいら中の温泉を歩き廻った時の事を話した。
 真黒な体の男や女が山の中の浅い井戸の様に自然に温泉の湧く穴につかってガヤガヤさわいで居るのを見た時はまるで南洋にでも行った様に珍らしさと気味悪さがゴッチャになって大いそぎで帰ったなんかとも云った。
 千世子は山形の五色の温泉へ祖母と一緒に行った時、湯殿
前へ 次へ
全27ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング