山しゃべった。
 いつも無口な肇は、
「私は今日どうしたんだかほんとうに気が軽いんです、
 いくらでも話せそうなんです、
 ほんとうに好い天気なんですもの。」
 うるんだ様な眼をして軽く唇を震わしながら云って二人に口を開く余地を与えないほど続けていろいろの事を話して聞かせた。
 自分がこんな影の多い人間になったのは大変病身だったのでいつでも父母をはなれて祖母の隠居部屋で草艸紙ばっかり見て育ったのとじめじめした様な倉住居がそうしたのだとも云った。
「よく伯父が云いますけど、青白い頸の細い児が本虫《しみ》のついた古い双紙を繰りながら耳の遠い年寄のわきに笑いもしずに居るのを見るとほんとうにみじめだったってね。
 でも私が今思い出せるのは倉の明り窓からのぞいた隣の家の庭だけです。
 まるで女の様に静かに育ったんですからねえ。」
「そんならも一寸しなやかな名をおもらいんなりそうなもんでしたのにねえ、
 随分いかつい名じゃあありませんか。」
 千世子は笑いながら云った。
 今持って居る守り札の袋は祖母の守り剣の錦で作ったんだとか祖母も眼の細い瓜ざね顔の歌麿の画きそうな美人だったとも云った。
 青い椅子によって柔いクッションに黒い髪の厚い頭をうずめて一つ処を見つめて話しつづける肇は自分で自分の話す言葉に魅せられて居る様に上気した顔をして居た。
 千世子はだまって肇の長い「まつ毛」を見て居た。
 自分の過去なり現在なりをまがりなりにも幾分かは芸術的なものに仕様として居る肇の事だから誇張して云って居る処が有るかもしれない。
 けれ共肇の話す生い立ちは「うそ」にしろ「出たらめ」にしろ気持の悪い作り事ではなかった。
 下らないわかりきった事に「いい加減」を云われると千世子は「かんしゃく」を起したけれ共美くしい幾分か芸術的な「うそ」は自分もその気になって聞く事がすきだ。
 自分の前に居るまだ二十一寸すぎの青年とその話しとを結びつけて種々な想像を廻らして千世子はなぐさんで居た。
 だまって自分の古い思い出をたどって居た肇は今にも涙のこぼれそうな声で云った。
「もう四月も過ぎますねえじきに――」
「そうですねえ、
 桜も散りました、
 タンポポだってフワフワ毛になるに間もありますまい。」
 千世子はいつの間にか大変デリケートな気持になって居た。
 も一度心の中で繰り返した。
「タンポポだってフ
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