一層低くして云った。
「一体あの人は何故あんな風をしてるんだろう。」
「あんな風って。」
「髪だってああ云う風に結ってるしさ、
何だか違うじゃないか、
それにあの人はどんな時でも右の小指に小さいオパアルの指環をはめてるねえ。」
「すきだからだろう、
髪だって指環だって好きだからああやって居るんだろうさ、
気んなるんならきいて見るといい。」
二人は静かに歩きながら千世子の事についてぼそぼそと話し合って居た。
千世子の家の前に来た時二人は一寸たち止まった。
そしてどっかの迷い猫が眠って居る花園のわきをしのび足で通って落ついたしっとりした書斎に入った時千世子は居ないで出窓のわきに置いたテーブルの上の開かれた本が淋しそうに白く光って居た。
「どこへ行ったんだろう。」
「何!
じきに来るさ!」
家の中はひっそりして人の居るらしい様子もなかった。二人は書架をのぞいたり開いた本をひろい読みしたりした。
かなり時が立っても千世子は見えなかった。
「間が悪いものになっちゃったねえ。
まさか何ぼあの人だってあけっぱなしで他所へ出たんでもあるまいねえ。」
「だが、暢気なんだからわからないよ。」
「女だもの。
そんなするもんかねえ。」
しばらくだまって居て、
「ほんとうにどうしたんだろう。」
篤は思い出してする欠伸《あくび》の様に云った。
肇は返事をしずに何か聞いて居た。
「何だい?」
「何が聞えるの?」
二人の耳には厚い木の葉の重なりを透して千世子が歌をうたって居るのが響いて来た。
「外にやっぱり居たんだねえ。」
「ほんとうにねえ。」
肇はガラス戸をあけて体を乗り出して木の幹の間をすかして裏庭を見た。
木蓮の葉のまっ青な群の下に籐椅子を据えて「ひざ」の上に本をふせたまんま千世子は何か柔い節の小唄めいたものを歌って居た。
「見えるの?」
篤は重なって肇の頭の上から千世子の様子を見た。
「いつもより奇麗に見えるねえ。」
「ああ。」
「何故なんだろう。」
「女の人なんか日光《ひ》の差し工合だって奇麗にもきたなくも見えるもんだよ。」
「随分若く見える。」
千世子は茶っぽい銘仙のぴったり体についた着物を着て白っぽい帯が胸と胴の境を手際よく区切って居る。きつくしめられた帯の上は柔かそうにふくれてズーッとのばして膝の上で組み合わせた手がうす赤い輪廓に色取られて小
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