塞げるのだ。彼女は矢張り下手な売り手であった。そして、下手さは、清げなおかッぱや、或る品のあるきりっとした容貌と決して不釣合ではない! 私は、却って彼女のそのぎごちない、少女らしいぷりぷりした処に愛を感じた。若し、思い設けなかった愛嬌で媚び笑いながら、彼女に今夜花束をすすめられたら、私は寂しくなり、恐らく買わずに過たろう。私がいつもあの婦人帽をよけて通るように。
 私は、気をつけてさり気なく、気難しげに佇んでいる少女の傍に近寄った。
「その花を下さい」
 少女は、びっくりした表情で、私と自分と手に持っている花束とを見較べた。私は、思わず微笑して、繰返した。
「その花を二つ下さい」
 少女は伏目になり、非常に美しい表情をちらりと頬に浮べ、私に花を渡した。
「いくら?」
「一つ十銭」
 私は、内にこもって来る感情で十銭銀貨を二つ、彼女が真直ぐに出した掌に置いた。
 私は無器用に水色の紙テープで引くくった桃色と赤のスウィートピーの小さい花束を大事に持って帰って机の上にさした。
[#地付き]〔一九二四年十月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「新小説」
   1924(大正13)年10月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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