愧しさや気位や人みしりが、俄に彼女に堪らない思いをさせ始めたとしか思われない。母達が、折角来たのだからと勧めているうちに、滅入って泣出したのか。それとも――。私は歩き出し、ひどく心を捕えた少女のために一人の群集を減しながら考えた。どこかの馬鹿者が、彼女の手から、いずれ見事ではない売り物を買ってやる代りに、何か無礼なことでも云ったか、仕たか仕たのだろうか。それで彼女は泣いているのではなかろうか。
 子供の時に感じる苦痛は空から地面まで一杯になって押かぶさるようだ。大人の常識が不合理ときめる理由や感情が、子供にとって充分の理由であり、真実であり、而も大人を納得させるだけの語彙を欠いているばかりに、私共、総ての子供はどんなに苦しい思いをして来たことだ!
 二三日その少女のことが忘られなかった。次に、夜、出かけた時、私は電車を降りるとから、山崎の角に目をつけた。彼女はどうしたろう? いるだろうか、いないだろうか。鋪道を彼方に越すと私は一目で、あの金髪と紺の水兵帽とを認めた。今夜、彼女は泣いてはいない。もう少し先刻来たものと見え、先夜の連れと、一つの籠をとり巻いていた。紅色帽の女が、何か云いながら、小さい見栄えのしない花束を二つずつ少女の両手に持たせた。そして、肩を押すようにして人通りの方に行かせた。私は、興味を持って、少女を見守った。僅な三四日のうちに、彼女はもう上手な花売りになったのだろうか。
 雑踏する散歩者の群に入ると、彼女は、まるで自信のない、躊躇に満ちた足どりで歩き始めた。両手には、持たせられた花を二束ずつ持ちあげたまま、むきな、真面目極る顔を心持うな垂れて、のろのろ歩く。数人が、けげんそうに振向いて眺めた。七八歩行くと、彼女は何か考え沈んだ風で、群集から脱れ、とある化粧品店の飾窓の方に行った。彼女の両手は下り、四束の花――彼女にとって大切な筈の商品は――気もなく指先きにやっと掴まれている。
 私は、彼女が、どうやって人を呼びとめてよいのかも見当がつかないでいることを知った。母やつれの女が、こう云えとは教えただろう。が、彼女の唇から最初の一声がどうしても出ないのだ。もういやというのは余り生活の苦しさや、彼女の助力の必要を理解した。だから彼女は泣いたり、愚図つくのを恥じている。然し、見も知らぬ通行人を、止めようとすると、云い難い外国語が、彼女の細い真直な少女の喉元を
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