(そのため、方角もわからず逃げ場を失って死んだものが無数だろうとのこと。)それで手拭で片目を繃帯し、川の水をあびあびやっときりぬけて、巣鴨の方の寺に行った。
 荷もつに火がつくので水をかける、そのあまりをかい出すもの、舟をこぐもの分業で命からがらにげ出したのだ。

 吉田さんの話。
 Miss Wells と、日本銀行に居た。これからお金を貰おうとしたとき地なりがしたので吉田さんはああ地震と云うなり、広場にとび出してしまった。Miss Wells はついて来るものと思って。見ると三越がゆれて居る。自動車は、広場のペーブメントで二三尺も彼方此方ずれて居る。もう死ぬものと覚悟したら少しは度胸が据ったので、三越の窓を見ると、売場ふだをかけてあるのがまるでころころ swing して居、番頭が、模様を気づかってだろう、窓から首を出したり引込めたりして居る、そうかと思うと、夫婦でしっかり抱きあって居るのもあれば、又、どの道、身じんまくをちゃんとして、と云う風に、着物をちゃんときなおして居る番頭も居る。
「どうでしょう、大丈夫ですか」と傍の男にきくと、
「私は下がわれると大変だと思って、地面ばかり見
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