をした場所に死骸をあつめて居る。夜、青山の通を吉田、福岡両氏をたずね、多く屋根の落ちかかった家を見る。ひどい人通りで、街中

 九日
 英男、荷物を持って自転車で来る。夜豪雨。ヒナン民の心持を思い同情禁じ得ず。
 A、浅草、藤沢をたずぬ、A、浅草にゆく。さいの弟の避難先、寺田氏の避難先をわからせる。

 十日 雨
 さい、妹と二人赤羽に行き、到頭弟が北千住に行ったことを確む。
 国男自動車で藤沢を通り倉知一族と帰京、基ちゃん報知に来てくれる。自分雨をおかし、夜、二人で、(モトイと)林町に行きよろこぶ。
 自転車に日比谷でぶつかり、足袋裸足となる。

 十一日
 大学のかえりA林町により、歩き青山に戻る。石井に五十円やる。

 十二日
 さい弟を訪ね北千住に行く。(晴)
 女、前の、夜番。

 二十三日
(倉知へ一寸より道ちゃんと行く)
 みな安積から帰る。大宮から自動車で来、やけ跡も見ない故か、ふわふわたわいない心持。

 二十四日
 夜からひどいひどい雨、まるで吹きぶりでひとりでにバラックや仮小屋のひとの身の上を思いあわれになる。A午頃福井からかえった由 林町に居て知らず。古川氏にたのまれた原稿を書く。

 二十五日
 ひどい雨、英男朝四時頃、岡部氏に行きがけ青山に原稿を届けてくれる。A一緒にかえる。自分夕方Aとかえり、夜原稿が不満なのでなおす。

 二十六日
 古川氏の原稿をしまう。とりに来ず。違約か。午後縫いものを始む。

 二十七日
 罹災民に送ろうと思う着物縫いにかかる。殆ど一日。処々へ見舞。
 甲府の渡辺貴代子氏来罹災民への衣類寄附の為、三宅やす子、奥むめおその他と集ってしようと云う。主旨賛成、但、彼女の粗野なべらんめえ口調にはほとほと参ってしまった。

 二十八日
 英男縫いものの材料としてまとめて置いたぼろを持って来てくれた。一包だけ。
 母上には困って居る人間の心持がわからないのだろう。困る。心持がわるかった。

 九月六日に聞いた話
 ◎朝、鎌倉の倉知の様子を見に行った小港の兄、自転車にのって行かえり、貞叔母上、季夫、座敷の梁の下じきになって即死し、咲枝同じ梁のはずれで圧せられ、屋根から手を出し、叫んだのを、留守番の男が見つけききつけかけつけて出そうとして居るうち、ツナミが来たので、あわててそのまま逃てしまった。咲枝気絶してしまって居たところに、逗子に行って居た一馬がかえり、その手を見つけて、掘り出し救った。春江は歯医者にでも行って居た為に助かる。
 ◎国男は一日の朝、小田原養生館を立ち大船迄来、鎌倉へ行こうとして居るとき、震災に会い歩いて鎌倉へ行った。為に、被害の甚大な二点を幸運にすりぬけて助かった。
 ◎木村兄弟が来、長男の男が上の男の子を失ったと云う。
 ◎笹川氏来 芝園橋の川に死体が並んでつかえて居、まるでひどい有様で日比谷にも始め死体が一列に並んで居た由。
 ○看板に、火がぱっとつき、それで家にうつる。それを皆でこわす。
 ○産婦が非常に出産する。日比谷で、幾人も居る。順天堂でも患者をお茶の水に運び、精養軒へ行き駒込の佐藤邸へうつる迄に幾人も産をした。
 ◎隅田川に無数の人間の死体が燃木の間にはさまって浮いて居る。女は上向き男は下向、川水が血と膏《あぶら》で染って居、吾嬬橋を工兵がなおして居る。
 ◎殆ど野原で上野の山の見当さえつけると迷わずにかえれる。
 ○本所相生署は全滅。六日夜十一時頃、基ちゃんが門で張番をして居ると相生署の生きのこりの巡査が来、被服廠跡の三千の焼死体のとりかたづけのために、三十六時間勤務十二時間休息、一日に一つの玄米の握り飯、で働せられて居る由。いやでもそれをしなければ一つの握り飯も貰えない。
 地方から衛生課長か何かが在郷軍人か何かをつれて来たそうだがあまり恐ろしい有様におぞげをふるって手を出さず戻ってしまい人夫も金はいくらやると云ってもいやがってしない。ために巡査がしなければならない。
 ○焼け死んだ人のあるところは、往来を歩いただけでも匂いでわかる。変に髪のこげたような匂いとその、ローストビーフのようなところ等。そして、みな黒こげで、子供位の体しかなくもがいた形のままで居る。只足の裏だけやけないので気味がわるい。
 ○橋ぎわに追い込まれ、舟につかまろうとしても舟はやけて流れるのでたまらず、溺れ死ぬ、或は、他に逃げ場を失って持ち出した荷物に火がつき、そのまま死ぬ、被服廠の多数の死人も、四方火にとりかこまれた為、空気中に巨大な旋風が起り、火をまきあげたところへ、さっと荷物におちるので、むしやきになった。その旋風のつよさは、半蔵門に基さんが居たとき、三尺に五尺ほどのトタン板がヒラヒラと舞う。
 三日の晩松坂屋がやけ始め 四日の朝六時に不忍池の彼方側ですっかり火がしずまった。
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